子どもたちが壁画に描いた島の光

「だだっ広くて、何もないですね」
東京からの船で島の玄関口、新島港にたどり着いた人に新島の第一印象をたずねると、そんな言葉をもらうことがよくあります。海岸線に沿って本村地区のメインストリートへと続く浜通りは、大きく広がる空の下で季節の花がわずかに景色を彩るほか何もないエリアでした。
そんな浜通りの一角にこの3月、カラフルな壁画が登場しました。高さ1.5m、幅11mという巨大な壁画制作に取り組んだのは、新島小学校の児童たち。アイデア募集から下絵の完成、色塗り、仕上げに至るまで約2か月間に及んだ一大プロジェクトで、島の子どもたちが伝えたかったこととは…? 密着レポートをお届けします。

Contents
島の魅力を探求する取り組み
「新島村 島自慢課」の集大成
新島で唯一の小学校、新島小学校では、かねてから総合学習の中で地域探究の取り組みを続けていました。単に学ぶだけの授業ではなく、児童自身がテーマを見つけ、フィールドワークを通じて深堀し、自分たちなりの解釈と表現で成果を発表するというサイクルを確立しています。
なかには児童からの提案を受けて、長年廃れていた伝統芸能のひとつ「獅子木遣り」の子獅子(獅子舞の子どもバージョン)が実際に祭りで復活したり、同じく伝統芸能である「大踊り」の体験イベントやグッズ販売が実現したりと、子どもたちの純粋なメッセージによって地域が動くというケースが増えています。
そうした小学校の取り組みに着目したのが、新島の発電所に燃料を供給する株式会社ネクセライズ。1968年の輸送開始以来、約60年にわたって発電用燃料を供給しているほか、近年は災害時の電力維持や脱炭素化をめざした太陽光発電の普及に注力する、島のインフラを支える企業です。
「新島の安定的な電力供給に貢献していきたい。いろんな人が島を支えていることを知ってほしい」との思いから、新島小学校に壁画制作を依頼しました。壁画を描くのは、港近くにあるネクセライズ新島油槽所の外壁。発電用燃料の貯蔵タンクが並ぶ殺風景な場所を「子どもたちの絵で明るくしてほしい」というのが今回のミッションです。
依頼された6年生は、総合的な学習の時間を通じて新島の魅力を探究し、「新島のよさをみんなに伝えたい!」とPRプロジェクト【新島村 島自慢課】を展開。特産品をキャラクター化した商品開発や、名物あめりか芋をつかった新メニューの考案、サイトやポスターでの広報宣伝、地域の祭に出店してPRブースや試食会を企画するなど、精力的な活動に注目が集まっていました。
そうした活動の一環として壁画を担当することになった児童たちは「ずっと残る壁画を描くなら、みんなを巻き込んじゃおう!」と、全校児童と地域住民に参加を呼びかけました。

デザインを全校生徒から大募集
島の魅力がつまった巨大マップ
壁画のデザインを考えるにあたり、6年生が選んだのは公募方式。参加する子どもたち全員に描きたい絵を応募してもらおうというもので、その結果たくさんの原案が集まりました。候補にあがったのは観光スポットから特産品、乗り物、文化芸能まで実にさまざま。どれもよすぎて絞れず、悩む児童たちがたどりついたのが「全部描いてマップにすればいいんじゃない?」という巨大地図の制作でした。
まずは6年生が原画制作に着手。全体のデザインが決まったら、次は実際に現場で描くために使う、原寸大の元絵をつくっていきます。幅15m、高さ1.1mにわたる巨大な画面のどこにどの絵を配置するか、ギリギリまで試行錯誤しながら作業を進めていきました。


壁画制作スタート!
2学年ごとに分かれて色塗り
2月中旬、本番の壁画制作がスタートしました。まずは色塗りに先駆けて、6年生が下書きをつくります。原寸大の元絵を壁にトレースし、ベースとなる線画を描いていくのです。2月の新島は一年で最も風が強い季節。浜通りは周囲にさえぎるものがなく、海からの強い潮風が突き刺さるように当たります。6年生たちは風にあおられながら、元絵を全員で押さえながらの作業です。





学年を超えて仲良し
島の子ならではの連携プレイ
下書きが完成したところで、全校あげての色塗りが始まりました。作業にあたっては3年・4年、2年・5年、1年・6年の3チームに分かれ、上級生が下級生をフォローする体制で作業が進められました。トップバッターは3年・4年チーム。地色の空色を全員で塗り進めていきます。




続いて現場に入ったのは、2年・5年生チーム。それぞれのパーツに色を塗っていきます。





2年・5年生からバトンタッチを受けたのは1年・6年生チーム。残りの色塗りを終わらせるべくタッグを組んで作業を進めます。





最後は6年生単独での色塗り。塗り残しを仕上げながら、各所を微調整して壁画全体の精度を上げていきます。




そして最終日の3月15日は、全校生徒と地域住民が集っての総仕上げ。あいにくの天気でしたが、地域の大人たちが見守るなか雨の合間を縫って作業が行われました。




壁画につまった新島の魅力が
港の玄関口で輝く

壁画に描かれたのは、“島のここを自慢したい!”の想いがつまったモチーフの数々。ユネスコ無形文化財に登録された伝統芸能「大踊り」は、本村(紫)と若郷(赤)それぞれの特色を描き分けています。東京都の無形文化財である「獅子木遣り」は親子獅子として登場。特徴である10本の足と、どこか愛らしい獅子の表情が目を引きます。
特産物はくさや、明日葉、あめりか芋、島唐辛子、赤いかと盛りだくさん。島の暮らしに欠かせない島酒もしっかり盛り込まれています。島の景観は羽伏浦のメインゲートやコーガ石のブロック、モヤイ像、親水公園、若郷公園、湯の浜露天温泉、新島村博物館をチョイス。ボディボードや釣りなどのアクティビティや、島と内地を結ぶ大型船と飛行機もリアルに描かれました。
ネクセライズの壁画プロジェクト担当者である龍川響さんは「子どもたちの豊かな想像力に感動しました。大好きな新島を自慢したい気持ちが伝わってきます」と驚きを隠せない様子。プロジェクトを陰で支えた6年生担任の兼近真慈先生も、仕上がりに満足そう。
「島自慢課では新島の魅力を再/彩発見し、それぞれが思う島の将来像や、こんな新島にしたい‼という思いを大切に学習を進めてきました。そのなかで児童たちが発見したのは、『新島の魅力は人』ということでした。新島に住む人々、働く人々、支える人々に目を向けることで『今、自分ができることを実現していきたい!』と一人ひとりが自分ごととして地域を捉えるようになったことは、この1年で最も変化したことだと思います」(兼近先生)
広々として何もなかった島の玄関口、浜通り。その一角にこれからは、島の子どもたちの想いがこもった壁画を見ることができます。島を訪れた人には「ようこそ!」の気持ちを、島を離れる人には「また来てね!」の気持ちをこめて。今日もカラフルな壁画が太陽を浴びて輝いています。
協力:株式会社ネクセライズ 新島村立新島小学校 新島物産株式会社