新島トピックス

コーガ石の家並みを小さなお皿に閉じこめて

  • インタビュー

Posted on 2021年7月20日

作家・武藤美子がたどりついた新境地

新島のシンボルといえば、海底火山の噴火によって生まれた白い天然石「コーガ石」。軽い上に加工しやすく、断熱効果も高いことから、古くから建材として重宝されてきた歴史がある。島内では民家の塀や壁、柱、装飾などいたるところがコーガ石で作られていて、なかには屋根まで石造りの家もある。石の家が建ち並ぶ新島の集落は、木造建築が多い日本の中でもきわめてユニークな景観といえる。

そんなコーガ石に魅せられて約30年前に新島に移住してきたのが、作家の武藤美子さんだ。島内にはコーガ石の彫刻作品が展示され、彼女の生み出すやわらかく繊細な作品に魅了されたファンは数多い。

ところが10年ほど前に突然、活動を休止。「また作らないのか」と声をかけられても、かたくなに口を閉ざしてきた。そんな美子さんが創作活動を再開したという噂を聞き、本村内にある工房を訪ねた。リビングに座った彼女は、むきだしになったコーガ石の外壁をぼんやりと眺めながら、静かに話し始めた。

「もともと木材で覆われていたんですが、台風被害で傷んでしまい、石の外壁があらわになってしまったんです。きれいに隠してやるよと大工さんは言ってくれたんですが、このままがいいんです、と言って。だって、こんなにきれいなんだもの、コーガ石。ここに座ると、なんだかずっと、ながめてしまうの」

武藤美子 Yoshiko Muto

1966年、愛知県名古屋市生まれ。東京芸術大学彫刻科卒業後、東京でマネキン原型師などの仕事を経て、1994年に新島へ移住。尾関美子名義でコーガ石の彫刻や陶芸作品を発表するも、創作活動を休止。2021年、10年ぶりに創作活動を再開し、新島の特徴的な石塀や石の家を表現した「Koga Expression」シリーズなどを精力的に手がけている。

武藤美子作『Koga Expression house』

 コーガ石に魅せられ、新島へ

もともと地元が名古屋の下町で、隣の家が自動車部品を作っている町工場みたいな環境の中で育ちました。市内には裸の銅像が普通に立っていて、少し歩けば画廊なんかもあって。モノづくりや芸術が身近にある環境で、ずっと暮らしてきたんですね。

その後、東京の芸術大学に進んで彫刻を学び、卒業後はマネキン人形の原型師などの仕事をしていました。でもバブルがはじけて景気が悪くなった頃から、会社勤めがどんどんつらくなって。ちょうど編集者をしていた夫も職場が解散するタイミングで、たまたま知り合いが仕事で新島に滞在していたので「ちょっと自然のあるところで休もうか」ということになって、2人で新島と神津島を旅したのがはじまりでした。

初めて訪れた新島では、なにより真っ白い景色のきれいさに驚きました。そしてコーガ石という石があることを知り、「この石で作品を作れたらいいなあ」と思ってしまって。当時の新島はコーガ石産業が盛んだったので、石関係のバイトでもあったらいいなと思って、わりと勢いで夫婦そろって島に引っ越すことにしました。今から30年くらい前のことです。

その頃は今のように空き家バンクがなくて、UターンやIターンの人もほとんどいなかったので、家探しがなかなかはかどらなかったですね。幸いにも個人的に紹介してもらってどうにか家を借りることができ、石を彫る仕事をいただくこともできて。材料や道具も紹介してもらい、創作活動を始めることもできました。

工房にて

「磨けば減る」コーガ石と格闘する日々

当時の私たちは30前後で若くもなく、島に親戚関係もいないので、島の人にはちょっと引かれたかなというのはありました。そりゃそうですよね、バーナーやプロパンを買っては小屋でブワーっと火をおこして何かしているんだもの、さぞあやしい人たちだと思われたことでしょう(笑)。

島ではどうしても「創作する=遊んでいる」と思われてしまうんです。離島の厳しい環境で生きてきて、働くのが当たり前の生活だったでしょうから、そう思われてもしかたないのかもしれません。島の人にとってコーガ石は、どこにでもある身近な石。それを私が彫って作品にすることがピンとこないようで、自宅で石を彫っていると近所のおばあちゃんたちが「いい趣味だね。でもちゃんと働きなさい」と諭しにくるんです。生活の心配をしてくれたんでしょう。

一方で、島ではコーガ石に愛着のある方も多くて、個人的に彫刻を注文してくださることもありました。応援してくれているんだな、と感じることも多かったです。ただ、私自身がそのコーガ石の特性をうまく消化できない、という悩みもありました。島ではコーガ石を彫って植木鉢や灯篭などにすることは多いのですが、もっと石の特性を生かせるやり方があるのではないかと模索していたんです。

工房にて。ひとつひとつ手作業で作る

 

コーガ石は「磨けば光る」んじゃなくて、「磨けば減る」。慈しめば慈しむほどなくなってしまうという、切ない石なんですよ。柔らかいからカンタンに彫れる反面、軽くぶつけただけで欠けてしまう脆さがあって、バーナーで焼いても硬くできるのは表面だけ。上から樹脂を塗ると色が変わってしまうし、彫刻の素材としてはむずかしい石だなと感じていました。

 

光を求めて、立ち止まる

コーガ石の石塀をイメージした『Koga Expression』

 

コーガ石に関わるのは面白かったんです。昔は村の産業として石山で石を切り出していたんですが、山に行って「この石が欲しい」と言うと大きさを計って伝票を切ってくれ、車に積んで役場に代金を支払いに行けば石を買えたんです。石山で働いている職人さんに石の特性を教わったり、昔の話を聞いたりするのもすごく楽しかったですね。

でも2007年に石山が閉山になり、同じ時期に家を引っ越したことで作業場を失いました。娘が生まれて育児をしながら制作を続けることに限界を感じていたこともあり、これは無理だ、もう辞めろということなのかなと感じて、心が折れてしまったんです。それで、子育てが終わるまではちょっと休憩しようかなと思って。創作に入ると他のことが見えなくなってしまうので、道具や材料は全て倉庫にしまうことにしました。

ちょうどその少し前に島の老人ホームで工作のボランティアを始めていたんですが、お年寄りが手作業しているのを見ているうちに「作る楽しさってこういうことだな」と思うことが何度もあって。お年寄りのそばで働きたいなという気持ちが強くなって、老人ホームで働くことになりました。ホームでの仕事と子育て、目の前のことに熱中して取り組んでいるうちに、気づけば10年がたっていました。

工房にて

 

コロナ禍で見えた、大切なもの

もう一度、作品を作ろうと思ったのは……なぜでしょうね。やっぱり、コロナのせいでしょうか。コロナ禍の中で神経を使う生活が続き、モヤモヤしていた時にたまたまネットで「マインドフルネス」という言葉に出会ったんです。

今の自分を見つめて心のよりどころ、何も考えずに心から楽しめるものを大切にする、という意味だと受け止めたんですが、私にとってそれはなんだろうと考えた時、頭に浮かんだのが焼き物のこと。そしてコーガ石の石塀でした。

私、新島のコーガの壁や塀が大好きなんです。よく村の中を歩きながら、いろんなおうちの石塀や壁を眺めるんですが、1軒1軒コーガ石の積み方が違うんですよ。今、島に残っているのはおじいちゃんおばあちゃんたちが石山から石を運んで、自分たちで石を積んで建てた家。ひとつひとつに物語があり、その手作り感が愛おしくて、どうしようもなく心魅かれてしまいます。

武藤美子作『Koga Expression house』。ひとつひとつが異なる表情を見せる

 

島の人は「汚い」と自嘲気味に話しますが、カビなどで黒くなった石壁も味わい深いし、苔が生え、シダの蔓が這っている眺めも独特の美しさがあります。コロナを機に島をトコトコと散歩していて、改めてコーガの石塀ってなんてきれいなんだろうと感じるようになりました。

一方で、台風被害などで石塀が崩れ、気づけば跡形もなくなってしまった場所が増えていることにも気づいたんです。身近にあると思っていたコーガの石塀が、いつまでもあるわけではないんだとわかって、コーガの石塀の美しさを何か形にすることはできないだろうか、と考えるようになりました。

武藤美子作『Koga Expression』シリーズ

 

それで、思いついたのが「石塀の形をしたお皿を作る」ということでした。ちょうど子育てが一段落した時期でもあったので、自宅で使える小さな窯を買い、試しにコーガ石の粉を生地にかけて焼いてみたら、イメージしていた色や風合いを出すことができたんです。これまではコーガ石そのものを彫刻として扱ってきたけれど、うつわなら手にした人の身近に置いてもらえて、作品として自分の気持ちも表現することができるんじゃないか、と気づいた瞬間でした。

コーガの石塀は場所によって特徴が違うので、1丁目何番地の石塀、2丁目の○○さんちの石塀、という風に作っていったら面白いんじゃないかなと思ったりしています。コーガ石のざらざらした表面を魚拓のように紙に写して、お皿の模様にするのもいいかもしれません。新島の風景は、それだけで作品のモチーフになります。

今の私にとっては、老人ホームで島のお年寄りと関わることも、作品を通して島のことを表現することも、どちらも大切なことです。島の一員として働きながら「うつわ」を通してコーガ石の風景を表現していけたらと思っています。

photo by 千葉努(トウオンデザイン) text by 宮川由美

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